LOGIN相手を見ると――。 迅くんだ。「もしもし?」<もしもし。今、ホテル?>「うん。そうだよ」<亜蘭から聞いたけど。洋服とか、大丈夫か?> 亜蘭さん、もう迅くんに伝えたんだ。「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」<金、渡してあるだろ?使えばいいのに> そう言ってくれると思ったけど、私が働いて稼いだお金じゃない。迅くんが頑張っているからこそのお金だ。「そんなわけにはいかないよ」 電話越しで、彼は<はぁ>と息を吐いたかと思うと<美月ならそう言うと思った。本当は美月に会いたいんだけど、忙しくて。ちゃんと飯だけは食べろよ。じゃないと、怒るからな。明日は精神的にも大変だし、体力だって消耗すると思う。しっかり食べておいて> 念を押された。「うん。わかった。ありがと」<じゃあ、明日は俺が近くに居るから。言いたいこと、しっかりと伝えろよ> 最後に<何かあったら連絡して?>と彼が言ってくれ、電話を終えた。 明日は孝介とお義父さんと闘わなきゃ。 次の日――。「お待たせしました。行きましょうか」 ホテルのエントランスで待っていると、亜蘭さんが迎えに来てくれた。「はい」 今から緊張している。 大丈夫だと心の中で何度も自分に言い聞かせた。 迅くんのシリウスに到着し、亜蘭さんの後ろをついて行く。 この前とは違う、狭い会議室に通された。 そこには迅くんが座っていた。 孝介とお義父さんの姿は見えない。「よろしくお願いします」 私が迅くんに頭を下げると、彼はハハっと笑って「緊張してるな。美月らしく言いたいこと、言えばいいよ。俺は俺でやりたいことやるから」 至って迅くんはいつもの迅くんだ。 迅くんは私に近づき「これが終わったら嫌だって言うくらい、美月のこと愛したい」 そう耳元で囁かれた。 ゾクっとして、肩に力が入り、身体が反応する。「今それ、言う!?」 大きな声を出してしまったが、近くにいた亜蘭さんが笑っている。迅くんも余裕そうに笑っていた。 二人のおかげで緊張が解けた気がする。 そんな時、亜蘭さんのスマホが鳴った。「社長、先方が到着したようです」「わかった。ここへ案内するように伝えて。美月は、座ってていいよ。向こうから何か言われても返事はしなくていい。俺が合図するから、そこで話して」「はい」 ここからが勝
迅くんを見送った後、一人ホテルへ入る。「広い」 一人なのに、こんなに広い部屋に泊まっていいのかな。 ふかふかのベッド。アメニティもしっかりしている、冷蔵庫に飲み物も入ってる。「必要なものを買って」と現金まで預かってしまった。できるだけ使わないつもりだけど……。 スマホを見ると、孝介からメッセージが届いていた。<お前、どこにいるの?><どこかで保護でもされて、恥をかかせるなよ><帰ってきたら、覚えておけ><父さんと母さんにはもう相談したから><自分が迷惑かけてるっていう自覚ある?>「見たくない。これも一応、モラハラとかの証拠になるよね」 スクリーンショットに保存して、メッセージもそのままにしておいた。返信はしない。 迅くんは今でも仕事頑張ってるのに。 仕事も忙しいのに、私のことまで。 感謝……しないと。 急な展開で頭が働かず、その日はシャワーを浴びて寝ることにした。 次の日、ホテルに迎えに来てくれた亜蘭さんと荷物を取りに行くため、自宅マンションへ向かった。「亜蘭さんも本当にありがとうございます。巻き込んでしまって、すみません」 亜蘭さんも通常業務に加えて、私の面倒も見なきゃいけないから大変な役割だよね。「いえ。俺が加賀宮さんについて行くって決めた時点で、加賀宮さんのやりたいことは俺のやりたいことでもあるので。それに、美月さんと再会した後の加賀宮さん、とても活き活きしてて。眉間にシワ寄せてる社長より、俺も仕事がやりやすくて助かります」 仕事の時は物腰柔らかって感じだけど、厳しいところは厳しいんだ。 鍵を開け、自宅へ入る。 リビングに行くと――。「うわっ。なにこれ……」「一日でこんなに……。ですよね?」 目の前の光景に亜蘭さんと二人で絶句する。 イスは倒れているし、机は横になっているし、ゴミは散乱している。イライラして、物に当たった後みたい。「飯田美和にはフラれて、家政婦としての契約も解消するみたいです」「そうなんですね」 他の家政婦さんを雇うまで、孝介一人で家事をするんだ。それか実家に帰るのかな。「寝室とか大丈夫ですか?美月さんの物とかも確認した方が良いですね」 冷静に考えてみると、そうだ。 リビングがこんな状態だったら、寝室とかどうなっているんだろう。 寝室はベッドの上の布団
「孝介がお前にやったことは、許されない行為。不倫もDVも。そして既婚者と知りながら、ずっと関係を続けていたあの女も罪に問われるのが当たり前。結婚してからずっと騙されてたんだぞ。失った時間は戻って来ないんだから」 孝介と過ごしていた無駄な時間も、ただ人形のように何もすることなく生きていた時間も戻ってこない。「うん。わかってる」 私は自分の幸せのために生きるって決めたんだ。 「俺が居るから心配すんな」 ポスっと頭を撫でられる。「明後日、九条社長を呼び出した。孝介も連れて来いって伝えてある。孝介の弱みである父親の前で全てをバラす。離婚の件は、なんか理由をつけて俺が美月の代弁をしてもいい。その場に居るの嫌だろ?」 お義父さんと孝介の前で離婚したいって言わなきゃ。怖いけど、そこまで迅くんに頼りたくない。「私が自分で離婚したいって言う」 迅くんは「わかった。近くに居るから」 私がなんて答えるか事前にわかっているようだった。「何から何まで、本当にありがとう」 明後日の段取りについて、迅くんから説明してもらった。 離婚についてはもちろんのこと、孝介が会社のお金を私的に使っていたことについて問い詰めるらしい。「BARで美月に会った時から、知り合いの興信所に依頼して調査してもらってた。孝介の行動はチェック済み。何をしているか、今日は家政婦の家に行くか……とか」 だから迅くんは孝介の行動を予想することができたんだ。 過去場面を振り返ると<なるほど>と思ってしまうところが多々ある。 今日は自宅に帰ると危ないからと、ホテルを予約してくれた。 迅くんはこの後も仕事らしい。 カフェへの出勤は、急遽休みにしてくれた。「明後日の朝、迎えに行くから。本当は一緒に居てあげたいけど、ごめん。何かあったら連絡して。明日家に帰る時は、亜蘭を同行させるから。必要な物、持ってきて」 明日孝介が仕事に行っている間に、自宅へ戻り、必要な荷物を取りに行く予定だ。明後日、離婚の話をした後は、念のためしばらくホテルに泊まることになる。<孝介が何をするかわからない>って配慮してくれた。 実家に帰ろうとも思ったが「ホテルの方が気が楽だろ?」 迅くんがそう言ってくれた。「本当は俺の家に泊まってもい
「お姫様抱っことおんぶ、どっちがいい?」 オフィスに着き、車から降りる時にそう訊ねられた。<裸足でも大丈夫>なんて言っても<絶対ダメ>って言われるよね。 抱っことおんぶ、どっちも恥ずかしいけど……。「おんぶ」 一言返事をする。 迅くんはフッと笑い、背中をかしてくれた。彼の背中に掴まった。 あっ、子どもの頃も迅くんにおんぶしてもらったことがあるような気がする。「ねぇ。昔も私が転んだ時におんぶしてくれたよね?」「よくそんなこと覚えてるな」 やっぱりそうだ。 彼は昔から私を守ってくれた。 今日だって、迅くんがいなかったら私は……。 ギュッと彼の肩にしがみついてしまった。「もう大丈夫だよ」 迅くんがそう言ってくれた。 また戻って来ちゃった。 さっきまでここのソファに座っていたのに。 ソファに座らせてもらい、タオルで足を拭き、消毒をした。 迅くんがほとんどやってくれたから<消毒してもらった>が正解かもしれないけど。「迅くん、カメラで見てたの?孝介の様子」 あの窮地にタイミングよく電話をかけてくれたってことは、リアルタイムで見てたってこと?気になっていたことを素直に彼に聞いた。「まぁ……な」 あっれ? 歯切れが悪い返事。「加賀宮さん、美月さんには話しておくべきです。九条孝介が取り乱した理由。美月さんがここに避難して来ている時点で、もう帰宅できる状態ではありません。あの人に何をされるかわかりませんよ。証拠は揃ったんです。結局は、あの家政婦の証言も利用しなきゃいけないんですから」 亜蘭さんは知ってるんだ。「あー。わかったよ。二人になりたいから、亜蘭、美月の靴買ってきて?」 えっ。どうしよ。 手持ちのお金、いくらあったっけ? お財布の中を確認しようとすると「金は要らない」 迅くんに止められる。「わかりました」 亜蘭さんはオフィスから出ていき、迅くんと二人きりになった。「こんなに話が進むと思わなくて、予定が狂った」「どういうこと?」 しばらくの沈黙。 私に言いにくいこと?「不倫の確実な証拠を集めるために、美和に近づいた」「えっ」 あの女って、美和さんのこと?「別宅として借りているマンションの家政婦に一時的になってもらった。それで、気のあるような素振りをして、食事に誘い、俺を
どうしよう。 この距離なら迅くんの声も聞こえちゃうかもしれないし、なんて言えば。 ドクンドクンと心臓の鼓動が聞こえる。 呼吸も上手くできない。 立ち止まり、動けずにいた時だった。 孝介のスマホが鳴った。 彼はポケットからスマホを取り出し、相手を確認している。「父さん?」 お義父さん!?このタイミングで? 誰でもいい。お願い、電話に出て!「もしもし?どうしたの?」 孝介が電話に出た瞬間、私は走り出し、玄関から飛び出した。 靴など履いていられない。「おいっ!!」 孝介が私を呼び止める声が聞こえたが、無視をした。 エレベーターを使わず、階段をかけ下りる。「迅くんっ、助けて」 電話がまだ繋がっているため、彼に思わず助けを求めた。<わかってる。今向かっているから。とりあえず、孝介に見つからないようなところへ隠れて> 息が切れる。 後ろを振り返る勇気がなかった。 マンションのエントランスから外へ出て、近くの公園まで走る。孝介が追ってくることはなかった。「はぁっ……はぁっ……はぁ……」 呼吸を整えようと、深く息を吸ったり吐いたりするので精一杯だ。<大丈夫か?今、どこにいる?> あっ、まだ電話繋がったままだ。「近くのっ……。公園にいるよっ」<もうすぐ着くから> 迅くんからそう言われた数分後、見たことのある車が近くに停まった。「大丈夫か!?」 迅くんと亜蘭さんが迎えに来てくれた。「大丈夫」「とりあえず、車に乗ってください。あっ!美月さん、足、どうしたんですか?」「慌てて出てきたから。靴も履けなくて」 そういえば、足裏が痛い。「暴れんなよ?」「キャッ!」 迅くんが私を抱えてくれた。「ちょっ、迅くん。大丈夫!歩けるから!もしかしたら孝介が近くにいるかもしれないしっ……」 私を追いかけて、近くにいるかもしれない。「別に見られても問題ない。靴履いてないって言えばいい」 そのままの理由でいいの!? 彼に抱えられたまま、亜蘭さんが運転する車に乗った。「とりあえず、俺のオフィスに行くから。そこでいろいろ説明する」「わかった」 逃げるように出てきてしまった私を、孝介はどんな風に思ってるんだろう。 私が帰った時の孝介の取り乱し方、尋常じゃなかった。 何があったの?迅くんなら何か
<バカ女にはキツく言っておいたし、一発殴っておいたから。本当にごめん。俺は美和のことを愛してる。たとえ今は難しくても、きっともうすぐ――><いつもそう。もうすぐだからって。結局、あの女と別れてくれないじゃない> リアルな会話、他人事じゃないのに。 まるで昼ドラとか深夜ドラマのシーンみたい。<ごめん。俺がもっと上の立場になれば。社長になれる日もそう遠くはないから!だからその時まで待っていてほしい><ごめんなさい。今日はこれで帰るね>ちょっと、待って!美和!> 二人の話はまだ続きそうだったが「証拠としては十分だな。不愉快だから、切るよ」 そう言って迅くんは画面を消した。 美和さんの様子が明らかに変だ。 ふぅと息を軽く吐いた後「美月。ごめん。今日この後、用事があって。時間までここに居てくれていいからゆっくりしてな。もし殴られたところが痛み出したら言って?医者呼ぶ。亜蘭にも伝えておくから」 迅くんはそう言ってくれた。 忙しいよね。「うん。わかった。ありがとう」 彼とはまた会えるのに。なんだか寂しい。 見送ろうと立ち上がると、頬に当たらないようにギュッと抱きしめてくれた。「ちょっと充電」 彼のことがわからなかった時は拒んでしまった時もあるけど、今は彼の胸の中が幸せ。 彼が仕事に行ってしまったあと、ソファで傾眠してしまった。 夜中あまり眠れていないのは、変わらない。 あんなベッドで熟睡できるわけがない。 帰ったら、孝介が待っている。 時間がきても<帰りたくない>そんな気持ちの方が強い。 弱音、吐いちゃダメだ。 仕事に行っていたと見せかけるため、ベガの退勤時間に合わせ帰宅をした。 鍵を開けると、孝介の靴があった。部屋に居るんだ。 リビングに行くと、孝介がテレビも見ずに座っていた。「ただいま」 声をかけるも無言。「ご飯、何時にしますか?」 その時――。 孝介が「お前のせいだ」 そう言ったのが聞こえた。 今、お前のせいだって言った?私、今日は何もしてない。「どうしたの?」 恐る恐る、彼の後ろ姿に声をかける。「お前のせいで、今日も彼女の様子がおかしかった。お前がこの前、美和さんに変なこと言うから、きっと傷ついたんだ」 カメラの様子を見ていたから、本当は私も知っている。 孝介は怒鳴るわけでは